大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所松江支部 昭和31年(ネ)150号 判決

控訴人 原告(第二六号) 杉本富義こと菅村富義

訴訟代理人 上原隼三

被告(第一五〇号) 国 代表者法務大臣 唐沢俊樹

指定代理人 西本寿喜 外二名

被控訴人 原告(第一五〇号) 杉本富義こと菅村富義

訴訟代理人 上原隼三

被告(第二六号) 国 代表者法務大臣 唐沢俊樹

指定代理人 西本寿喜 外二名 被告(第二六号) 白根卯一郎

主文

原判決中原告敗訴の部分を取り消す。

被告等は連帯して原告に対し金三萬六、五七一円五〇銭およびこれに対する昭和三〇年八月二八日から支払済にいたるまで年五分の割合の金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

被告国の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審ともこれを十分し その一を原告、その余を被告両名の連帯負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「原判決中原告敗訴の部分を取り消す。被告等は連帯して原告に対し金三〇萬円及びこれに対する昭和三〇年八月二八日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。被告国の控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被告等の連帯負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告国指定代理人は、「原判決中被告国敗訴の部分を取り消す。原告の請求を棄却する。原告の控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする」との判決を求め、被告白根は、原告の控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、左のほか原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

原告訴訟代理人において

(一)  被告白根は木材の材積、価額並びに取引等について相当の知識、経験を有し、本件強制競売の基本債権は、同人が訴外陰山市蔵から譲受けたもので、それは右訴外人の原告に対する本件係争立木の伐採並びに集材の未払賃金約四萬円、その他これに関連する債権で、原告が山林所有者から買受けた原木代金伐倒木の石数及び価格については被告白根においてこれを知悉していたのであるが、糸賀執行吏代理が、木材についての強制執行の経験がなく、これが石数の算定または価格に関する知識が全然ないのに乗じ、右被告は同人に対し、本件伐倒木の数量は四〇〇石、見積価格は二萬円が相当であると、故意に虚偽の入知恵をし、両名共謀の上該数量及び価格を見積り評価し、僅か三萬円の不当の廉価で競売処分するにいたつたものである。

(二)  仮りに右通謀の事実がないとしても、執行吏代理糸賀は、木材評価についての知識、経験がないのであるから、執行吏執行等手続規則第三二条の趣旨に照らし、鑑定人をして評価させるべきであるのに、これをしなかつた過失がある。

と述べ、

被告国指定代理人において、

(一)  本件評価が仮りに著しく低廉であつたとしても、その評価によつて直ちに原告の権利を侵害し、損害を与えたものとは言えないから、右評価の違法は本件損害賠償請求の原因とはなり得ない。

(二)  本件差押は昭和三〇年八月一九日になされ、見積価格二萬円とし、競売期日を同月二七日午前一〇時と指定され、差押調書が同月二四日原告に到達しているのであるから、原告は、本件木材が三萬円前後で競落されるおそれのあることを予め知つていたものというべく、しかもそれを知りながら何等競売手続延期その他の処置をとらず、漫然放置していたのであるから、後日これが違法を主張することは許されない。

(三)  仮りに執行吏代理に過失があつたとするも、強制競売においては時価によつて競落されることは殆んどなく、相当低廉で競落されることは公知の事実で、特に本件木材のような一般に需要のないものにおいてはなおさらである。この特殊事情を考慮すれば、損害額の算定は時価の半額を標準とすべきである。

と述べ、

立証として

原告訴訟代理人は、当審における証人菅村助次、泰野直治の各証言、原告本人尋問(第一、二回)の結果及び検証の結果を援用し、乙第四号証の一、二、三の成立を認め、

被告国指定代理人は、当審における証人売豆紀武雄、糸賀東市の各証言、被告白根本人尋問の結果及び検証の結果を援用し、

被告白根は、乙第四号証の一、二、三を提出し、当審における被告白根本人尋問の結果を援用した。

理由

(一)  被告白根が原告に対する今市簡易裁判所昭和三〇年(ハ)第五二号事件の執行力ある和解調書正本に基き、松江地方裁判所今市支部執行吏売豆紀武雄に原告に対する有体動産の差押を委任し、執行吏代理糸賀東市は、昭和三〇年八月一九日原告所有の島根県簸川郡斐川村大字阿宮山林所在の松伐倒本を、材積四〇〇石、見積価格二万円として差押え、同月二七日競売し、訴外平次義がこれを三万円で競落したことは当事者間に争がない。

(二)  原告は右強制執行に際し執行吏代理糸賀東市はその対象となつた前示伐倒木の数量及び価格の算定につき著るしく実情に反すると主張するのでまずこの点について検討する。

(イ)  数量

証人菅村助次の原審証言(第二回)によつて成立の認められる甲第七号証に、同証人の原審証言(第一、二回)、原審における原告本人の供述を綜合すれば、原告が昭和二八年九月頃本件松立木を訴外保科猶次郎外二名から山田本三郎を経て買受け、これを伐採集積した石数は五一六石九四で、当時右数量の松伐倒木があつたことが認められるが、本件差押えの当時まで、特に右石数に変動がなかつたものと認められる証拠はない。原審証人保科猶次郎(第一、二回)前記菅村助次の各証言及び当審検証の結果を綜合すれば、本件伐倒木は、斐伊川右岸堤防上を通ずる道路から山林地帯に約一、五〇〇米位登つた、相当険阻な山林の頂上附近にあつたもので、その所在場所の地形、附近人家との距離及び同所に通ずる通路の関係その他の状況からして、一時にたやすく相当多量のものが盗難等の被害にかかる可能性があつたものとは認められないが、伐採後本件差押まで一年半以上を経過しており、その間原告側において看視人をつけたり、度々見廻りをしたわけでもないことが認められるから、絶対に盗難又は散逸のおそれがなかつたものとも断言できないものというべく、そして前記証拠に、原審証人古家雷三郎、塩谷為吉、的場克男の各証言をあわせ考えれば、本件伐倒木は、約半数を集材したが、残りの半数は、伐採現場に放置されていたもので、本件競落後、買受人が搬出した際相当腐敗したものや、虫喰のものがかなりあつたことが認められ、また前記古家雷三郎、原審証人檜垣初市の各証言によると、古家雷三郎は、本件伐倒木を競落人平次義から買受けて更にこれを檜垣初市に転売し、昭和三〇年一〇、一一月頃同人らにおいて寸検したところ、二九五石五一あつたことが認められるので、これらの事情を考えるときは、本件差押の当時まで、伐採当時の前記石数を維持していたものと断定することは困難で、むしろ相当石数の減少があつたものと解するを相当とする。もつとも的場克男の証言中、昭和三〇年八月頃現認したところでは五〇〇石位あると思つた旨の供述部分があるが、これも同人がその際特に寸検して確認したわけではなく、大体の見当を述べたのに過ぎないもので、これを以つて右反証となし難く、前記菅村助次のこの点に関する証言は措信できない。

以上の点からみて前記執行吏代理が本件差押伐倒木の石数を四〇〇石と見積つたことについては故意または過失があつたものとは認め難い。

(ロ)価格

原審証人山田本三郎の証言に前記塩谷為吉、的場克男、古家雷三郎、檜垣初市の各証言を綜合すれば次のことが認められる。原告は当時東北パルプ株式会社専属の納入業者で、前記の如く昭和二八年九月頃本件山林立木を石数約五〇〇石、一石八〇〇円と見積り合計四〇万円で買受けたところ、前記の如く訴外古家雷三郎は訴外平次義の競落直後同人から山元価格石当り三五〇円で買い受け、駅渡し価格一石八八〇円ないし九〇〇円で売つたが、それは本件伐倒木の搬出に際し、関係土地所有者に補償費八、〇〇〇円余、集材費石当り九〇円、架線設備費同約一〇〇円その流し費同約九〇円、自動車賃同約八〇円等を要したからである。

右認定事実によれば、本件差押当時の山元におけるパルプ材としての松伐倒木の時価は少くとも一石当り三五〇円を相当と認める。右認定に反する原審及び当審における証人菅村助次の証言原告本人、被告白根本人の各供述及びその他の証拠は措信しない。

(三)  すると、本件差押にあたり糸賀執行吏代理がその材積を四〇〇石としたことは相当であるけれども、その見積価格を総計二萬円と見積つて競売に付したことは時価に比して著るしく低きに失するものであつて、この点につき故意または過失があるかどうかについて検討する。

およそ執行吏が、有体動産の強制執行をするにあたつては、債権者の利益と共に債務者の利益をも考慮すべく、有体動産の差押物件についてもこれを正当に評価して競売すべきことは当然であつて民事訴訟法第五七三条第五八〇条第五八一条等のほか、執行吏執行等手続規則第三二条に執行吏は必要があると認めるときは、鑑定人をして評価させることができると規定していることもこの趣旨にほかならない。したがつて執行吏は特別の事情のない限り差押物件を適当な価格で競売し、不当に債務者の利益を害することのないように注意して執行すべき義務があるものというべきである。

いま本件の場合についてみると原審及び当審における証人糸賀東市の証言によれば、同人は執行吏代理として本件強制執行をなすにあたり、それまで伐木の差押、競売の経験が全くなく、またその価格に関する知識もないのに、鑑定人をして評価させるなど適当の方途を講ずることなく、唯債権者である被告白根の、二萬円でよいとの言を信じ、他面木材石当り七〇円位という自己の不確実な知識に、搬出費用および差押物件の相当程度の腐敗ないし変色、伐採後相当期間の経過、搬出期限経過により相当額の損害金を要求されるかも知れないこと、搬出費の入用等を考えて見積価格の算定をしたものであることが認められる。したがつて本件見積価格は執行吏代理糸賀東市の本件差押物件の評価について執行吏としてなすべき注意を怠つた結果算出されたものと解するほかなく、右物件が通常の事例に反し見積価格の五割高である金三萬円で競落されるにいたつたこともこの間の事情を物語るものといわねばならない。

(四)  かように時価より著しく低い価格で競売されたときは差押物件の所有者はこれにより損害を受けたことは明らかである。

これに対し被告国は、本件評価が仮りに著しく低廉であつたとしても、これにより直ちに右所有者である原告の権利を侵害したことにはならない。また原告は、本件競売前に、差押物件が三萬円前後で競落されるおそれのあることを知りながら、競売延期その他何等の処置をとらなかつたのであるから、後日になつてこれが違法を主張することは許されないと主張する。なるほど、差押物に対する執行吏の不当に低い評価だけで、直ちに債務者の権利を侵害したものとはいわれないが、この不当に低い評価を基にして競売手続が進行し、差押物件が競落されるにいたるときは、債務者の責任財産は不当にその債権の支払に充てられたこととなり、その結果債務者の利益を著しく害しこれに損害を与えたものといわねばならぬ。

また原告が、昭和三〇年八月二七日の本件競売期日前である同月二四日に差押調書の送達を受けながら、競売期日の延期その他の方法をとらなかつたことは、その主張自体に徴し明らかであるが、事前に競売期日の延期また執行方法に対する異議の申立等の処置に出なかつたことについて原告に過失があるかどうかは別としてこれらの処置に出なかつたからといつて本件差押の違法性が治癒され、適法な執行となるべき理由はない。したがつて被告国の如上の主張はいずれも採用できない。

(五)  つぎに被告白根において、右執行吏代理の違法執行につき、故意又は過失による責任の有無について検討するに、被告白根がこれにつき執行吏代理と通謀してなしたものと認むべき証拠はないが、前記甲第一、二号証、成立に争のない甲第三号証、前記証人糸賀東市、古家雷三郎の各証言、被告白根本人の供述及び弁論の全趣旨を綜合すれば、次のことが認められる。

被告白根の原告に対する差押債権は、訴外陰山市蔵の原告に対する本件係争山林立木の伐採並びに集材費等三萬八、三三五円を含む債権であつて、被告白根は、原告が本件山林立木を保科猶次郎から山田本三郎を介し四〇萬円で買受けて伐採したことを知つていたこと、被告白根は、山林及び木材の取引については相当の経験もあり、伐木の材積の測定並びに価格についての知識を有する一方金融業をしていて競売手続のことにも可成通じていること、本件松伐倒木の競落人平次義は被告白根において競買に誘い競売の当日現場に同道したものであること、被告白根の差押債権額は二萬九、三五〇円で、これに差押及び競売費用一、〇四八円を加えるときは、合計金三萬三九八円で、競落価格三萬円になれば右債権はほとんど満足が得られること、被告白根のいうところによれば競落人平次義は杭材を求めるためこれを競落したはずであるのに同人は競落後自ら搬出処分することなく、被告白根の紹介で直ちに前記(ニ)(ロ)の如く古家雷三郎にパルプ材として転売していること。

以上の諸点に、前(三)認定の如くその評価につき被告白根の糸賀執行吏代理に対する助言の仕方等を併せ考えるときは特段の事情の認められない限り、被告白根は、本件差押の松伐倒木の石数は四〇〇石以上あつて、時価は少くとも一四萬円以上であることを知りながら、右執行吏代理が、木材に対する強制執行の経験が全くなく、またその材積の測定或いは価格の算出についての知識がないのに乗じ、債務者たる原告に不当に損害を与えることを予見しながら、自分の差押債権額約三萬円で、時価一四萬円以上の本件松伐倒木の全部を差押えて競売に付し、債権の満足を得るとともに、自分の知る第三者をして競落させ、更にこれを他に売却させて巧みに処分させる目的で、あえて執行吏代理に真実の時価を告げず、却て不当に低い二萬円位でよい旨申し向けてその評価を誤らせたものと認めざるを得ない。右認定に反する被告白根本人の供述部分は措信できず、これが認定を妨げる特段の事情の認めるべきものはない。

(六)  以上の認定事実によれば、原告の本件執行によつて被つた損害は、糸賀執行吏代理の過失と、被告白根の故意とが相まちその共同不法行為により招来したものであるから、国と被告白根とは連帯して右損害を賠償する責に任ずべきである。

よつて損害の数額について考えてみるに、差押物の競売は、被告国の主張する如く時価より低く競落されることは通常の事例ではあるが、さればといつてその主張のように時価の半額を標準とすべきであることには直ちに首肯し難く、またこれを認める証拠もない。しかし本件の場合には前認定の如く四〇〇石を三萬円として競落された物件が、しかも差押物件であることを知つて石当り三五〇円で山元で直ちに取引され、さらに転売された経緯からすれば、特別の事情の認められない限り、その価格で競落されるものと解するを相当とすべく、本件松伐倒木が、特にこれよりも低廉に処分されるべき特別の事情は認められないから、右主張は理由がない。そうすると被告両名は連帯して原告に対し右四〇〇石の代金一四萬円から本件競落代金を差引いた金一一萬円及びこれに対する競落の日の翌日である昭和三〇年八月二八日から支払済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があることが明白である。

なお、被告国は、本件競落期日までに原告が差押調書の送達を受けていたのであるから、競売延期その他の処置を採ることができた旨主張するけれども、競売の延期は債権者の承諾なくして債務者が一方的にこれを申立てても許されるはずがないので、原告としては執行方法の異議を申立て仮の処分によつて競売手続の停止を求めるか、または債権者にこれが延期を乞うよりほかに方策がないところ、前示原告本人尋問の結果によれば、当時原告は商用で数日間不在であつたのみならず、右差押調書が原告に送達されたのが八月二四日でその競売期日が同月二七日であることは被告の主張するところであつて、その間三日の期間があるにすぎないこと等を考慮するときは、原告が本件競売前かような処置をとらなかつたからといつて同人に過失があるものとはいえない。他に原告に過失があることの主張立証のない本件においては右損害額の算定につき被害者である原告の過失はしん酌できない。

(七)  すると、原判決が、原告の本訴請求中金七萬三、四二八円五〇銭及びこれに対する昭和三〇年八月二八日から完済にいたる迄年五分の割合による金員の支払請求を認容した部分は相当であるが、その余の請求を棄却したのは不当であるからこれを取消し、前記金一一萬円から右金員を控除した金三萬六、五七一円五〇銭及びこれに対する昭和三〇年八月二八日から完済にいたる迄年五分の割合による金員の連帯支払を求める部分は相当として認容し、その余の請求を棄却すべく、被告国の控訴の理由のないことは如上の説示により自ら明らかである。

よつて、民事訴訟法第九六条第九二条第九三条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三宅芳郎 判事 藤田哲夫 判事 竹島義郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例